最近、K-POPの「推し活」について少し考えることが増えました。
アルバムを何十枚、何百枚と購入して応募するサイン会やヨントン。いわゆる「積む」と呼ばれる文化。さらにハイタッチ、握手、ツーショット、対面イベント……。もちろん、それ自体を否定したいわけではありません。好きなアイドルと直接話せることは嬉しいですし、何度もイベントに通った結果、顔や名前を覚えてもらえたら、ファンにとって忘れられない思い出になります。
ただ最近、その距離があまりにも近くなりすぎてはいないでしょうか。そしていつの間にか、「推しを応援したい」から「推しに認知されたい」へ。 推し活の目的そのものが、少しずつ変わってきているようにも感じます。
「推しが好き」から「認知されている私が好き」へ

本来、推し活はもっとシンプルだった気がします。新曲が出たら聴く。MVが公開されたら見る。ライブが決まったらチケットを取る。ステージの上で輝いている推しを見て、「やっぱり好きだな」と思う。それだけで十分楽しいものでした。
ところがSNSによってファン同士の推し活が可視化されるようになり、「○○くんに名前を呼んでもらった」「また来たねと言われた」「認知されている」といった体験も日常的に目に入るようになりました。すると、推し活にもいつの間にか競争が生まれます。
何回会ったか。何枚買ったか。どれだけ良い席に入ったか。どれだけ推しに覚えられているか。
もちろん楽しみ方は人それぞれです。ただ、「推しが好き」という気持ちよりも、「推しから特別なファンとして認識されている自分」に価値を感じ始めると、推し活は少し違うゲームになってきます。推しを応援する趣味だったはずが、自分の承認欲求を満たすためのものになってしまうからです。
推し活って、ディズニーランドに似ています

そんなことを考えていて、ふと思いました。
推し活って、ディズニーランドくらいの距離感がちょうどいいのではないでしょうか。
たとえばミッキーマウス。私たちはもちろん、ミッキーの中に人がいることを知っています。でもディズニーランドに入った瞬間、そんなことはどうでもよくなります。目の前にミッキーが現れたら「ミッキーだ!」と思いますし、手を振ってくれたら嬉しい。写真を撮れたら、その日はちょっと幸せです。
私たちは「中に人がいる」とわかっていて、夢を見ています。そしてディズニーもまた、全力でその夢を守ってくれます。ミッキーマウスはディズニーランドの真ん中で突然着ぐるみを脱いだりしません。暑くても、疲れていても、ゲストの前ではミッキーであり続けます。それが仕事だからです。
アイドルも、少し似ていると思います。
アイドルは「夢を見せる仕事」

アイドルだって人間です。疲れる日もあれば、機嫌が悪い日もあるでしょう。恋愛もするでしょうし、ステージを降りれば普通のひとりの人間として生活しています。ファンだって、そんなことはわかっています。
でもライブのステージに立った瞬間、カメラの前に立った瞬間、「アイドル」として私たちの前に現れた瞬間には、思い切り夢を見せてほしいのです。
それはファンを騙しているということではありません。ミッキーマウスがミッキーマウスであり続けることを、誰も「嘘をついている」とは言わないのと同じです。エンターテインメントとは、現実だとわかっている世界から少しだけ離れて、みんなで夢を見るためのものなのだと思います。
距離が近くなるほど、夢は壊れやすくなる

だからこそ、昨今のK-POPにおける「距離の近さ」には、少し危うさも感じます。
何十枚、何百枚というCD購入によって推しと直接話せる。何度も通えば認知される。そして運営側も、「会えるかもしれない」「覚えてもらえるかもしれない」「自分だけに特別な反応をしてくれるかもしれない」という心理をビジネスに取り入れています。つまり、アイドルとの距離を縮めることそのものが商品になっているのです。
しかし距離が近くなるほど、私たちはアイドルの「中の人」も見ることになります。疲れている顔、自分より他のファンへの対応が良かった瞬間、想像していた性格との違い。そして「こんなにお金を使ったのに」という感情。夢の国だったはずの場所に、急に現実が入り込んできます。
もしディズニーランドに、「ミッキーと1分間話すために大量の商品を買い、何度も通えば認知してもらえる」というシステムがあったとしたら。私たちは今と同じように、純粋にミッキーを好きでいられるでしょうか。
推し活は、夢の国であってほしい

推しは恋人でも、友達でもありません。でも現実の生活の少し外側にいて、毎日をちょっと楽しくしてくれる存在です。新曲が出る日を楽しみにしたり、ライブまで仕事を頑張ったり、推しが楽しそうに笑っているだけでこちらまで嬉しくなったり。それで十分なのではないでしょうか。
推し活は、ディズニーランドみたいなものです。入園したら思い切り夢を見る。ミッキーに会えたら喜ぶ。手を振ってくれたら「今、絶対私に振ってくれた!」と思えばいい。そして閉園したら、また自分の日常に戻ります。
ミッキーの中に誰が入っているのかを暴く必要もありませんし、ミッキーに自分の名前を覚えてもらう必要もありません。
夢を見せる側と、夢を見る側。
その間には、ほんの少しだけ距離があったほうがいいのだと思います。推しに近づくことが当たり前になった今だからこそ、そんなシンプルな推し活も、案外悪くありません。
私たちは、ミッキーの中に人がいることを知っています。それでも、ミッキーに会ったら手を振ります。
推し活も、それくらいがちょうどいいのかもしれません。